ふれあい芦屋マダン2007 (第16回) 開 催 趣 意 書
「ふれあい芦屋マダン2007」は、1995年に震災で中止となったため17年目、第16回目となります。
昨年の「2006」では、「プレマダン」として、芦屋市内の学校に通う外国にルーツを持つ子どもたちの交流会として「世界のこどもひろば−こどもコルモック−」をはじめて開催しました。平行して外国人の親、国際結婚の親が集まり、悩みや意見交流もしました。また、ベトナム難民が初めて日本に上陸してから30年が過ぎたことから、特別展示のテーマを「インドシナ難民30年を考える」とし、インドシナ難民の歴史や生活などを展示し、神戸のベトナム人の子どもや青年に楽器演奏や、歌などを披露してもらいました。
「2005」は、兵庫県の「阪神・淡路大震災10周年記念事業」の一環として開催しました。震災犠牲者に哀悼を表するとともに、「生きる元気」と「励まし」を互いに発信することを基調としました。また、15年間のまとめも兼ねて、報告書『ひと・まち・マダン・芦屋−多文化共生のまちづくり−』も作成しました。
「芦屋マダン」は、1991年3月、「多くの子どもたちに、もっと韓国朝鮮の文化と出会ってもらおう」と始まりました。その後、「ふれあい芦屋マダン」に名称を変えても、最初の目的である「子どもたちが多く参加し、いろんな文化と出会う」を継承しました。その後、韓国朝鮮だけでなく、中国・インド・インドネシア・沖縄など多くの文化との出会い(ふれあい)に広げてきました。会場も市内の小学校をお借りし、各学校を回り、行っています。
15年の歩みから、かつて演技出場した小学生が高校生や大学生となって参加したりしています。
また、近隣の大学が「多文化共生のまちづくり」体験として参加を勧めているため、多くの大学生が企画段階からスタッフとして参加しています。
日本社会には、第2次大戦の旧植民地出身の在日韓国朝鮮人はじめ、少子化による労働力不足を補うため、また国際結婚、留学や研修などさまざまな理由で多くの外国人が住民として生活をしています。しかし、外国人のおとなも子どもも日本社会を理解しようとがんばっていますが、孤立して悩むことのほうが多いと聞きます。昨年、やっと政府の総務省も「地域の多文化共生を進めるように」と全国の都道府県や都市に通達を出し、地域での外国人への日本語や生活、仕事、医療、福祉などへの支援を進める指示をしました。
住宅地域である芦屋でも外国人は増え、1700人を超える人が住んでいます。今、芦屋浜地区では、外国人の親の集まりが「おとなのひろば―おとなコルモック」を開き、2006年9月には「こくさいひろば芦屋」が誕生しました。「こくさいひろば芦屋」では日本語学習のほか、懇親フェスタ、子どもの民族舞踊などを